飛騨照見窯

飛騨照見窯 使い手に寄り添う日常食器を目指して(主な取扱い店)菅藤、匠館、戸沢?

【 雑感 – My Musings 】File.10Everyware(エヴリウェア)─ つい使ってしまう、いつもの器・・・・・・・・・・・・・・・・・(はじめに) 若かった頃の話です皇室に、自社の器を納品した事のあるというとある窯元の社長...
05/08/2026

【 雑感 – My Musings 】File.10

Everyware(エヴリウェア)
─ つい使ってしまう、いつもの器

・・・・・・・・・・・・・・・・・

(はじめに)

若かった頃の話です

皇室に、自社の器を納品した事のあるという

とある窯元の社長と、お話させて頂く機会がありました

今から思えば、とても贅沢な経験だったのですが

その時語って頂いた苦労話は、今でも覚えています

器が完成すると、宮内庁の担当者が検品に来るそうなのですが

その合格ラインが、とんでもなく高くて

通常なら 全然OKのところでも、
厳しくジャッジ されてしまうそうなんです

精緻な器を手作りで量産する、
とても高い技術をもった窯元なんですよ!

そんな窯元の技術力をもってしても、
皇室に求められるクオリティには、とても苦労したと

懐かしそうに語られる 社長さんの姿は、今でも忘れられません

こうして 無事に納める事の出来たハイレベルな器も

皇室の方にとっては「日常食器」

──という事になるのでしょうか

無論、この結論は僕の空想でしかありませんが

どんな人にも、暮らしの食事があるのなら

そこには必ず「日常食器」がある

そう気付かせてくれる体験でした

・・・・・・・・・・・・・・・・

月日は流れ

僕も独立し

自分の仕事を、模索しています

今、新しい粘土のテストをしていて

その粘土で作った器を、試験的に使っているんですね

強度の具合とか、レンジはOKかとか、
食洗機は大丈夫か、とか

そんな実用面をチェックする為なのですが

なんかいいんですよね
使うのが楽しい

テストという目的を除いても、ついつい使いたくなっちゃうんです

僕の食器棚は、自作の器が殆どで

昨年の大掃除で、かなりの数を絞ったのですが

それでも、よく使う器と、そうでない器の、“なんとなく”の選り分けがある

その基準は、どうやら使い勝手だけではないようなんですね

File03で僕は、
骨董商さんの「(この器)なーんか知んないけど、使っちゃうんだよなあ」

という一言をご紹介しましたが

僕が自作の器を使う場面でも、そんな事があるんだなあ、と

試作の器を使いながら、思ったのでした

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「衣食住」という言葉がありますよね

日常食器は「食」に当てはまるでしょうか

「食器」は料理を盛るための道具ですから

「食」と「食器」は、切っても切れない関係

誰もが納得する事でしょう

でもその裏に、もうひとつ大切なワードがあると、僕は思うのです

それが「家事」

「家事」もまた「食」とは表裏一体の関係

切っても切れない間柄なのでは、ないでしょうか?

食事には調理が必要ですし、食後は後片付けが待っています

その中間に、「食器」があるんだと思うんですよね

家事は煩わしいものです

そのど真ん中にある食器が、煩わしさを助長させてはいけません

なので使い勝手は、日常食器に求められる大切な要素なのは、間違いないでしょう

ですが、それだけでは割り切れないものがある

それが「人」と「器」の関係なんですよね

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「この器に合うのは、どんな料理なのかしら」と、献立が楽しくなる器があります

忙しい合間にあっても、これで食べたいと思える器がある

食事が空腹を満たすためのものなら

すべての器は、実用一辺倒でもかまわないでしょう

ですが「食事を楽しむ」という言葉があるように

日々の食事には、コスパやタイパだけでは割り切れないものがあります

「食」と「食器」が切っても切れない間柄なのなら

「使う事自体が楽しい」という感覚も

器には必要な要素なのでしょう

・・・・・・・・・・・・・・・

僕はこれまでに

「Default Ware(デフォルトウェア)」と言う言葉を、繰り返し使ってきました

暮らしの“めんどう”を、 “たのしさ”に変える

そんな器を作りたい

そんな願いから生まれた言葉です

これは、僕自身に向けられた言葉

作り手である僕の「軸」であり、「道標」となる言葉なのです

ですが弱点もあります

単体では成立しないのです

この言葉の先にある

使い手さんの事が語られなければ、
ただの自己満足になりかねない

いわば天秤の片側なんですね

──Everyware(エヴリウェア)──

造語です

「つい使ってしまう、いつもの器」という意味です

作り手がDefault(デフォルト)を目指して作った器は

使い手さんの元へ届いたとき、はじめて「いつもの器」へとバトンが変わる

僕にとっての最終的な理想が、ここにあるのです

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(おわりに)

日常食器とは、窯から出た時がピークでもなければ

お店に飾られている時が、最上でもありません

市井の暮らしの

家事と食事の間に入った時に

初めて、その本領が発揮される

それが日常食器なんだと思います

つい使ってしまう器は、やがて時間さえも超える事でしょう

暮らしの中の「あったらいいな」を具現化してみたら

いつの間にか

「いつも使っている器」になっていた

作り手として

この感覚を大事にする事が

使う人にとっての

「Everyware(エヴリウェア)」に

つながるのだと思うのです

#日常食器

#器のある暮らし
#雑感草子
#使ってこその器

【小さな雑感 ― Little Musings】11三代先を見ているつもりで・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんていうか世に成功者と呼ばれる人の話を聞いていると最後に目を瞑るとき「良い人生だったな」と思いたいそんな言葉に出会うことがあり...
26/07/2026

【小さな雑感 ― Little Musings】11

三代先を見ているつもりで

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なんていうか

世に成功者と呼ばれる人の話を聞いていると

最後に目を瞑るとき
「良い人生だったな」と思いたい

そんな言葉に
出会うことがあります

僕も50代後半 

確かにそうだなあ
と思うんです

やがて来る最後の瞬間を
どう迎えるのか

そこから逆算して
今の生き方を見つめ直す

ここ数年

どことなく意識していることの
ひとつです

・・・・・・・・・・・・・・・・・

最近、懐かしいアニメを観てて

物語の終盤に
こんな台詞がありました

「男は過去ばかりを思い出す
死に際で必死に自分が生きていた証拠を探すようにな」

三十年近く前の
テレビアニメのセリフですが

この一言を聞いた瞬間
「あれ?」となったんです

聞き流せなかったんですね

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

僕は仕事柄

自分の器が永く使われてほしいと
ことあるごとに言っています

三代使い継がれる器が理想だと

けれど、それも実は
自分が生きた証のようなものを残したいという

一種の未練を
いかにも美学らしく
語っているだけなのではないか

そう思ってしまったんです

今際の際に
「自分は残る仕事をした」と
自分を納得させたいがために

三代先まで使われる器を理想にして

今のうちから
人生の帳尻を合わせているだけなのではないか

三代先を見ているつもりで

実は、自分の過去を作ろうとしているだけなのかもしれない

そんなことを
テレビの前で考えてしまったんです

・・・・・・・・・・・・

だからといって

これまで語ってきたことが
嘘だったわけではありません

「使い手さんに寄り添う器」
「暮らしに溶け込んでしまう器」
「なーんか知らないけど、気がついたら毎日使っている器」

結果的にそれが

親から子へ
そして孫の代まで使い継がれたら嬉しい

三十年以上
器と向き合うなかで

少しずつ
自分のなかに根づいてきた考えです

でも
いつしかその理想に

余計な思いが
混じっていたのかもしれませんね

冒頭の
最後に目を瞑る瞬間の話も

それはそれで
大切な考え方だと思います

でも、まだ来てもいない未来の自分を
あれこれ思い描くよりも

とにかく今は
今日作る器を
きちんと作ること

使い手さんに寄り添う器を
形にすること

目の前の仕事に集中しているうちに

気がつけば
その瞬間が来ていた

それくらいの心持ちが
ちょうど良いのかもしれませんね

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『カウボーイビバップ』
──三十年近く前のテレビアニメですが

この年になって
まさかこんなことに気付かされるなんて

思いもしませんでした

20代後半の当時の僕には
引っかかりもしなかった一言が

50代後半の今
聞き流せないものになっていた

同じ台詞でも

受け取り方って

変わるものなんですね

#カウボーイビバップ  #三代続く器

【 雑感 – My Musings 】File.09残るものと、使われ続けるもの・・・・・・・・・・・・・・・・・・随分前の事ですがゴッホ展を観に行った事があります流石はゴッホ、会場は大勢の人で賑わっていましたその展覧会がユニークだったのは...
20/07/2026

【 雑感 – My Musings 】File.09

残るものと、使われ続けるもの

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

随分前の事ですが

ゴッホ展を観に行った事があります

流石はゴッホ、会場は大勢の人で賑わっていました

その展覧会がユニークだったのは、
ゴッホと同時代の画家のコーナーがあった事

解説文と共に、何人かの画家の作品が紹介されていました

当時は、それなりに売れっ子の人達だったのでしょう──

ですが、なんと言うか、、、

どことなく皆さん、素通り感のある空間だったのです

ご存知の方も多いかと思いますが、
ゴッホが生きている間に売れた絵は、たったの一枚

そんな事もあって、生前のゴッホを不幸と見る向きもあるようですが

一人の「表現者」として見ると、果たして、それはどうなのか?

件の展覧会での現実を目の当たりにすると

一概には決めつけられないな

そんな事を思ったのでした

・・・・・・・・・・・・・・・

この世には、「時のフルイ」というものが、あるのでしょう

当時、知らぬ者はいないという絶大な人気を誇ったものも

数十年で忘れ去られるなんて話は、よくあるものです

「願わくば、残って欲しい」

作り手や表現者なら、多かれ少なかれ、こう思う事でしょう

僕も器の作り手ですので、同感です

何も自分の名前まで残したいとは、思いませんが

僕の作った器は、先々まで使われ続けて欲しい

それは強く願うところです

・・・・・・・・・・・・・・・・

「使い勝手の良い器」

「活躍する器」

こうした言葉を、目にする事もあるかと思います

File07で僕は、暮らしの「邪魔にならない器」という気付きを語り

File08では、「頼られる器」という、十年前の気付きをお話ししました

〇「使い勝手の良い器」や「活躍する器」

〇「邪魔にならない器」や「頼られる器」

前者のように「器」単体でも成立する言葉なのか

後者のように「使い手さん」という主語があって、はじめて成立する言葉なのか

その違いは、大きいように思えます

その違いが、作られた器の大きな差になるのではないか?

File07とFile08を照らし合わせる事で

おぼろげながら、見えて来くるものが
ありました

・・・・・・・・・・・・・・・・・

こうした「語り」は

人によっては「言葉遊び」と、思われるかも知れません

作り手は、作った物で答えを示すべきなのでしょう

ですが、それなら何故、世の食器棚は使われない器で溢れているのか?

その事実が、僕の中で残ってしまうのです

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

正直、僕は作り手として差ほど優秀とは思っていません

なので、やみくもに「器」の形をした物を作っても

世の食器棚の肥やしになるだけです

それ以前に、売れないかも知れませんが(笑)

だからこそ、きちっと言葉に落とし込む必要がある

それも「頭」ではなく「肚」で理解する

その作業を大切にしているのです

僕が常々言葉にしている

─Default Ware (デフォルトウェア)─
暮らしの“めんどう”を、
“たのしさ”に変える

これは、作り手として辿り着いた

作り手としての「軸」となる言葉なのです

・・・・・・・・・・・・・・・・

これがもし、後年まで名を残したいと願っていたのなら

僕は「PermanentWare(パーマネントウェア)」と、掲げていたでしょう

ゴッホは世界中の人々に「鑑賞」されるという形で、時代を超えました

彼の名と共に、Permanentこそ相応しい言葉だと思います

では、「日常食器」だとどうなるのか?

「作者の手を離れ」

「日々使われ続け」

「気が付けば長い時月を経ていた」

そんなイメージでしょうか

同じ時代を超えるとしても

「残る」=「Permanent」と

「使われ続ける」=「Default」は

まったく別のものになりますよね?

「器」が主語なのか

「使い手」が主語なのか

こうして言葉にする事で

自ずと見えてくるものがあります

「食器棚の肥やし」という課題も、クリアできそうな気がしてきます

・・・・・・・・・・・・・・・

言葉にせずとも、「形」で答えを出せる人がいます

それはとても理想的な事です

ですが、それとは別のタイプの僕にとって

「明確な言葉」に落とし込む事は

「器を作る」上で、とても大切な道標になります

進むべき方向がわかる事で、はじめて器という形に具現化できる

「器を作る」事と

「明確な言葉」にする事は # #

僕にとっては表裏一体

この二つを大切にする事で

「時のフルイ」に負けることのない日常食器を

使い手さんの暮らしに、お届けする事ができるのではないか

そう思うのです

#ゴッホ  #ゴッホ展

【小さな雑感 ― Little Musings】10空っぽに輪郭を与える・・・・・・・・・・・・・・・・・荒俣宏さんの著書のなかに日本語の起源について書かれた話がありました「うつくし」にある「うつ」には同類の言葉がたくさんあってそのなかに「...
15/07/2026

【小さな雑感 ― Little Musings】10
空っぽに輪郭を与える

・・・・・・・・・・・・・・・・・

荒俣宏さんの著書のなかに

日本語の起源について書かれた話がありました

「うつくし」にある「うつ」には
同類の言葉がたくさんあって

そのなかに「うつわ」もある、と

それで「うつわ」という言葉の語源に
ちょっと興味がわいたんですね

で、僕なりに調べてみたら

「うつ」という音には
空洞や空ろさに通じる
古い響きがあるらしい

例えば

靫(うつぼ)——矢を収める筒状の道具
内側に空間があることで
役目を果たします

『うつほ物語』——平安時代の物語
木の大きな洞のなかで暮らすところから始まる
空洞を原点とする物語です

「うつ」という音がつく言葉のすべてが
そうだとは言い切れないのでしょうが

どこか空洞や空っぽというイメージが
重なることが多いようです

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そこで思い出したのが
老子の「無の用」という言葉

二千年以上前の
中国の思想に見られる言葉ですが

器も家も
内側に空っぽの空間があるからこそ
役に立つ

という意味ですね

「うつ」と「無の用」

時代も場所も違いますが

日常食器の本質を
今に伝える言葉だなあと思ったんです

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そうなんです

食器――特に日常食器の場合

大切なのは
内側の空間なんですよね

空っぽだから
料理や飲み物を入れられる

あまりにも当たり前のことなのですが

その空間が
どれだけ使い手さんに寄り添っているか

そこが
日常食器を作るうえでのポイントに思えてくるのです

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ところが

作り手は
その空間そのものに
直接触れることはできません

触れられるのは
あくまで土だけです

土に触れ
その輪郭を形づくることで

結果として
内側の空間を生み出している

手で作れるものを作ることで
手で作れないものを作っている

これが
日常食器を作るという仕事の
本当のところなんだと思うんです

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とはいえ

作り手はつい
外側に力を入れがちになります

土とか
ロクロの腕前とか
筆づかいとか
釉薬とか
窯での焼きの良し悪しとか、ですね

もちろん
そこを否定するわけではありません

暮らしのまわりが
実用一辺倒なものばかりでは
味気ないものですし

少々使い勝手に難があっても
気分の上がるものを
長く愛用したいということもあります

僕だって
作り手の歓びとして
外側の良し悪しを大切にしています

でも、それと同じように

内側の何もない空間も
とても大切なものだという自覚を
忘れてはいけない

そう思うのです

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「うつ」という音には
人の手が加わるよりも前の

空洞や空ろな空間を思わせる
古い響きがあります

やがて人が土によって
その空間に輪郭を与えたとき

「うつわ」になった

そんなふうにも想像してしまうのです

「うつ」——空洞
「わ」——輪

それで「うつわ」

もちろん
「うつわ」が本当に
「うつ」と「わ」に分かれるという
語源上の根拠はありません

あくまで一人の作り手の
個人的な解釈ではあるのですが

そうイメージすることで

うつわの内側は
ただ空っぽなのではなく

使い手さんの日々の暮らしを
引き受ける空間なんだということを
改めて感じるのです

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

荒俣さんの
「うつくし」の話ではないですが

「うつわ」にも
「うつくし」にも

どちらにも
「うつ」という音が響いている

そう思うと

内側の空間が整った器は

外側の姿にも無理がない

自然と「うつくしい器」に
なるのかもしれません

もっとも

本来の「うつくし」は
愛おしい、という意味だそうなので

「愛おしい器」
という表現の方が
ふさわしいのかもしれませんが

それはそれで
日常食器の理想形だなと
思うのです

#荒俣宏  #無の用  #老子  #荘子

【小さな雑感 ― Little Musings】09     「素材の隙」・・・・・・・・・・・・・・・・・・最近、アパレルのことに少し興味を持つようになってこんな趣旨の言葉に触れることがあります「お洒落と実用性は、トレードオフの関係にある...
09/07/2026

【小さな雑感 ― Little Musings】09

     「素材の隙」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最近、アパレルのことに少し興味を持つようになって

こんな趣旨の言葉に触れることがあります

「お洒落と実用性は、トレードオフの関係にある」

お洒落、あるいは美しさに重点をおけばおくほど

使い勝手が犠牲になる

これ、焼き物にも同じような事が当てはまるんだろうなと思うのです

ご覧の土瓶は、昔長倉が作ったもので
普段使っているもの

実際に使い始めたのは、数年ほど前なのですが

​このごろ良い感じに育ってきました

​育つというのは
革製品を使い込むうちに身体に馴染んで独特の味が出たり

木工製品の艶が増したりする
いわゆる「経年変化」のことです

​この土瓶も毎日使うことで
いい感じの風合いに育ったと思います

ですが、残念ながら

僕が現行で作る器に、これと全く同じ
経年変化を求めることはできないでしょう

粘土に改良を加えたんですね

土瓶を作った頃の僕は、風合い重視で、器にそこまで強度を求めてはいませんでした

それは欠けやすさ
という弱点になりますが

その脆さが
育ちやすさに繋がるのです

例外も勿論ありますが

丈夫さと、育ちやすさ

このふたつは、意外と両立しにくいのです

冒頭のトレードオフですね

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ところで
磁器って、ご存知でしょうか

名前は聞いたことがあっても

陶器と何が違うのかまでは
案外、知られていないかもしれません

有田焼や九谷焼に代表されるような
白く、硬く、清潔で
指ではじくと、キンと澄んだ音がする焼き物のことです

磁器は原則、育つということはありません

勿論、何年も使い続ければ、新品よりは使用感もでるでしょうが

画像の土瓶にあるような、使い込むことで味がつくようなことはありません

そのかわり、丈夫にできています

素材に隙がないんですね

僕は素材に隙がある、ない
という表現をするのですが

磁器の素材には隙がない分、丈夫ではあるが育ちにくい

僕が過去に作った土瓶の素材は
隙があるが故に育ちやすいが
丈夫さはない

世の焼き物すべてを、この二元論に当てはめることはできませんが

ざっくり、そう考えています

・・・・・・・・・・・・・・・・・

使い込むことで備わる味は
僕も好きなので

自分の作る器もそうあって貰いたいとする反面

使い手さんの立場にたてば、丈夫にこしたことはない

経年変化に頼らなくても
最初から魅力のある器を作れれば良いのでしょうが

長く使う喜びのひとつに
育つという要素はあるよなあ───

なんていう作り手のこだわりから
抜け出すことができませんでした

今から思えば
道具のスペックやエイジングに惹かれてしまう

男性寄りの発想もあったのでしょう

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結局、僕は
当時の粘土に数パーセントの磁器土を加えることで

そのあたりに
折り合いをつけることにしたのです

​結果

この土瓶よりは
幾分強度が増したのですが

素材としての隙はまだ残っているので
完璧な頑丈さはない

なので、使い続けたら
どうやら少しは育つようです

───​という

欲張りというか、どっちつかずというか

使い手さんの思いと
長倉のこだわりを足して二で割ったような

そんな素材を、現行扱っているのです

・・・・・・・・・・・・・・・・・

ところで
経年変化をいうのなら

僕自身の考えも、時とともに変わっていくことはあるわけで

となれば
完全な磁器で勝負する

なんていう未来も

もしかしたら
あるのかもしれませんね

#ものづくり #丁寧な暮らし #ライフスタイル #器のある暮らし #経年変化

『飛騨照見窯・器展 in 川西 vol.4』お陰さまで、無事に終了いたしました多くの方にお越しいただき本当に、本当にありがとうございました主催者さんをはじめ多くの方に温かく支えていただき会場の「絹延橋うどん研究所」さんにも大変ご親切にしてい...
06/07/2026

『飛騨照見窯・器展 in 川西 vol.4』

お陰さまで、無事に終了いたしました

多くの方にお越しいただき
本当に、本当にありがとうございました

主催者さんをはじめ
多くの方に温かく支えていただき

会場の「絹延橋うどん研究所」さんにも
大変ご親切にしていただき

お陰さまで
とても素敵な二日間となりました

三年ぶりの開催を
「待っていました」と仰ってくださる方や

遠路はるばる
足を運んでくださった方

お忙しいなか
駆けつけてくださった方もあり

会場は終始
楽しい雰囲気に包まれていました

そんな皆様のお気持ちにお応えできるよう

もっともっと精進し

より暮らしに寄り添う
器作りに励みたいと思います

次回の開催も
どうぞ楽しみにお待ちいただけましたら幸いです

飛騨照見窯
長倉けん

02/07/2026
01/07/2026

7月ですね!

2026年も半分終わっちゃいましたね

そんな訳で、今年最初の器展が
間近に迫りました

飛騨照見窯・三年振りの関西個展です

会期中、長倉も在廊します

​是非、お気軽にお立ち寄りください
皆様にお会い出来ることを、楽しみにしております

◯動画は、展示予定の器達です
新作もあります

 (展示会の詳細は下記まで)
   ↓↓↓↓↓↓↓↓

【飛騨照見窯・器展in川西・vol4】

飛騨照見窯・長倉けん、日常食器の展示会

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(会期)7月3日(金)、4日(土)

(時間)10:00〜19:00

(会場)絹延橋うどん研究所・2階スペース

兵庫県 川西市小戸3丁目23−6

※うどん研究所さんのランチ&カフェの営業時間は、下記URLからご確認ください
https://share.google/j4AJbHbyHroqJr9dY

( 駐車場 ) 有り

※会期中、作家在廊 予定
※エコバッグにご協力ください

音楽: Voyage
ミュージシャン:

以前、蟹と葡萄の絵付けの動画を二回に分けて投稿しましたがその完成品をご紹介しますねいずれも1点もののお皿ですあの絵付けの後、釉薬をぬって窯焚きそうすると、こんな感じになるんですね焼き物って、本当に不思議です関西器展に出展予定ですので会場で是...
28/06/2026

以前、蟹と葡萄の絵付けの動画を
二回に分けて投稿しましたが

その完成品をご紹介しますね

いずれも1点もののお皿です

あの絵付けの後、釉薬をぬって窯焚き

そうすると、こんな感じになるんですね
焼き物って、本当に不思議です

関西器展に出展予定ですので
会場で是非、お手に取ってご覧ください

  (器展の詳細はこちら)
    ↓↓↓↓↓↓↓↓

【飛騨照見窯・器展in川西・vol4】

飛騨照見窯・長倉けん、日常食器の展示会。三年振りの関西個展です

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(会期)7月3日(金)、4日(土)

(時間)10:00〜19:00

(会場)絹延橋うどん研究所・2階スペース

兵庫県 川西市小戸3丁目23−6

※うどん研究所さんのランチ&カフェの営業時間は、下記URLからご確認ください
https://share.google/j4AJbHbyHroqJr9dY

( 駐車場 ) 有り

※会期中、作家在廊 予定
※エコバッグにご協力ください

#川西市  #絹延橋うどん研究所  #関西  #器展  #飛騨照見窯

来月7月3日・4日に開催予定の関西器展その窯焚きも無事に終了!(一部、他の注文品もあり)有り難いことに、とても良い焼き上がりになりました完成した器は、また改めてご紹介しますね・・・・・・・・・・・・・・・・・・【飛騨照見窯・器展in川西・v...
26/06/2026

来月7月3日・4日に開催予定の
関西器展

その窯焚きも無事に終了!

(一部、他の注文品もあり)

有り難いことに、とても良い焼き上がりになりました

完成した器は、また改めてご紹介しますね

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【飛騨照見窯・器展in川西・vol4】

飛騨照見窯・長倉けん、日常食器の展示会。三年振りの関西個展です

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(会期)7月3日(金)、4日(土)

(時間)10:00〜19:00

(会場)絹延橋うどん研究所・2階スペース

兵庫県 川西市小戸3丁目23−6

※うどん研究所さんのランチ&カフェの営業時間は、下記URLからご確認ください
https://share.google/j4AJbHbyHroqJr9dY

( 駐車場 ) 有り

※会期中、作家在廊 予定

#川西市  #絹延橋うどん研究所  #関西  #器展  #飛騨照見窯

住所

岐阜県
Kawanishi-shi, Hyogo
506-0058

電話番号

0577779792

ウェブサイト

アラート

飛騨照見窯がニュースとプロモを投稿した時に最初に知って当社にメールを送信する最初の人になりましょう。あなたのメールアドレスはその他の目的には使用されず、いつでもサブスクリプションを解除することができます。

ショートカット

共有する

カテゴリー