仏像専門店仏光 - ぶっこう

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[春雨物語]『樊噲』本文 睦月過ぎて、二月の三日といふより、ここ立ちて、「能登の浦めぐりいと寒しと聞く。さし出の磯の千鳥の声、八千代と鳴くを聞きて、この中の国の御山の地獄見ん」とて、登るのぼる。いと高し。雪まだ深くて、「地獄はいづこぞ」と、...
06/09/2026

[春雨物語]

『樊噲』

本文

 睦月過ぎて、二月の三日といふより、ここ立ちて、「能登の浦めぐりいと寒しと聞く。さし出の磯の千鳥の声、八千代と鳴くを聞きて、この中の国の御山の地獄見ん」とて、登るのぼる。いと高し。雪まだ深くて、「地獄はいづこぞ」と、二人の男らに問ふ。「恐ろしさに、つひに見ず」といふ。足にまかせ、谷、峰越えて、めぐるめぐる。あやしき事なし。「いつはりとは聞しかど」とて、岩の雪払ひて休む間に、影のやうなる者、二三人わが前に来て、うらめしげなり。「餓鬼ならめ。物食はせん」とて、腰につけたるを、みなうち払ひて与ふ。集まり食らひて、うれしげなる中に、笙取り出でて高音吹きたれば、おどろきてかき消ちたり。「立山禅定のかひあり」とて、山を下る。
 神通川の舟橋、雪解にも渡りあり。珍しくて、川の中央に立ちて、立山より、見やるに、大きなる木の根こじにて、流れくだるが、舟橋にうち寄せたり。「よき杖得たり」とて、やすく取り上げて、橋の上突き鳴らし越ゆ。
「これより大沼の浮島見ん」とて、行く手に、村雲に行き逢ひたり。「いかに」「いかに」と、かたみに言ふ。「船の住まひをさぐられて、疵つきたれど、命は遁れたり」。「この北国に冬ごもりして、山中に湯あみし、手足ゆるびたれば、また出で立ちしなり。おのれらは、麓に宿とりて待て」とて、村雲と二人登りゆく。至れば、大きなる沢に、水鳥鳴き遊ぶ中を、浮かれて島二つ漂ひたり。また、この岸よりもただ今と見るを、樊噲引きとどめて、「いざ、乗れ。浮いて遊ばん」といふ。村雲飛び乗るを、力にまかせて突き出したり。「いかにするぞ」といへど、答へず。笙取り出でて、喜春楽高く吹き遊ぶうち、「いかに、いかに」といへど、答へず、うち笑ひて立ち行く。
 あしたの朝戸出に、村雲行き逢ひたり。「おのれ、恩知らずめ。命得させ、金百両与へしには、『親とも頼みつる』といひしを忘れ、我を水の上に離ちたる、許すまじきを、今は思ふところあれば」とて、連れ立ち行く。



 一月も過ぎ、二月も三日になった頃、ここから発って、「能登の浦巡りは滅法寒いと聞く。さし出の磯の千鳥の声が八千代と鳴くのを聴いて、越中国の地獄谷を見よう」と宣言してひたすら山を登り続けた。えらく高い山である。雪はまだ深く、「地獄谷は一体何処にあるんだ」と二人の男に訊いた。「恐ろしくて、未だ見たことがありません」との答だった。健脚を頼りに、幾つもの谷や峰を越え、あちらこちらへと巡り歩く。だが一向にそれらしい怪異にも出くわさない。「出鱈目な話だとは思っていたがな」と、岩に積もった雪を払って休息していると、さながら影のような者が二三人、ふと前に現れ、恨めしげな目つきでこちらを見ている。「さては餓鬼だな。何か喰わせてやろう」と、腰に結いつけてあった食い物を一つ残らず与える。わらわらと集まってきてむさぼり喰いながら嬉しそうにしている最中に、笙を取り出して高らかに吹き鳴らすと、魂消てとたんに姿を消してしまった。それでようやく「立山禅定のご利益があったわ」と、山を降りたのであった。
 神通川の舟橋は、雪解けの時期にも舟を連ねている。これは珍しいと、川の中央に仁王立ちし、立山からずっと見渡していると、大木が根ごと流れ下っているのが橋に打ち寄せられていた。「ちょうどいい杖を手に入れたぞ」と軽々と取り上げ、橋の上を突き鳴らしながら越えてゆく。
「これから大沼の浮島を見に行こう」と云って歩いていると、道すがらなんと村雲にばったり出会した。「どうしたんだ」「どういうことだ」とお互いに云い合う。「船に住んでいたのを探し当てられ、怪我はしたものの、なんとか命だけは助かったよ」。「この北国で冬籠りして、山中で温泉に浸かり、充分手足の疲れが取れたので、再び旅に出たというわけだ。お前達は、麓に宿を取って待っておれ」と命じて村雲と二人でまたしても山を登り続ける。頂上近くに至ると、大きな沢があり、水鳥達が鳴き戯れている中に、浮いた島が二つ漂っている。こちら岸に近づくのを見計らって樊噲は島をぐいと引き止め、「さあ、乗れ。浮いて遊ぼう」と云った。村雲が島に乗り移るやいなや、力任せに島を向こうに突き出した。「何をするんだ」と怒っても答えずに笙を取り出し、喜春楽を高らかに吹き鳴らしている、そんな中も「なんなんだこれは、どうするつもりだ」と叫ぶが依然として答えることなく、にやりと笑って立ち去って行った。
 翌朝早く出発しようとしていたところに、村雲と再会した。「この野郎、恩知らずめ。命を助け、金を百両渡してやった時には、『親と思って信頼します』とぬかしたのも忘れ、よくも俺を水の上にほったらかしにしたな。到底許しがたいが、今は思うところがあるゆえ」と、また連れ立って歩いてゆく。

[春雨物語]『樊噲』本文 加賀の国に入りて、山中といふは、湯あみしに、春かけて人集まる。「ここに宿りて雪見たまへ」といふ。しるべさせて、宿りとる。湯の主、「この二人はぬす人なり」と見知りしかど、法師の幼き者呼び使ふやうにするを頼まれて、とど...
05/09/2026

[春雨物語]

『樊噲』

本文

 加賀の国に入りて、山中といふは、湯あみしに、春かけて人集まる。「ここに宿りて雪見たまへ」といふ。しるべさせて、宿りとる。湯の主、「この二人はぬす人なり」と見知りしかど、法師の幼き者呼び使ふやうにするを頼まれて、とどむ。もの驚きせさせず、法師いとど頼もし。雪は日ごとに降る。
「今年の雪いと深し」とて、湯あみら語り合ふ。山寺の僧の匏簫持て来て吹きてあそぶ。樊噲おもしろく聞きて、「教へ給はんや」といふ。僧喜びて、「よき友まうけたり」とて、喜春楽といふ曲を、まづ教ふ。生まれつきて、拍子よく節にかなひ、咽太ければ、笙の音高し。僧喜びて、「修行者は、妙音天の鬼にて顕れ給ふや」。樊噲いふ。「天女の遣はしめに、わがごとき鬼ありし」とて、うち笑ふありさまただならず、「おもしろき冬ごもりなり。されど、寺にひとたび帰りて、春の事どもまうけして、また来ん。今一曲を」といへば、「いな、一曲にて心足りぬ。多く覚えんは煩はし」とて、習わず。「春はかならず山に来たり給へ。あたら妙音菩薩なり」とて、出で立つ。月夜に、「御送り仕うまつれ。一曲の御礼に」とて、判金一枚包み、書きつけてまゐらす。いと思ひがけぬ宝を得て、山に帰る。
 湯の中にも笛持て行きて、ささげて吹く。「雪多し」とて、人皆去ぬる。さびしくなりて、また、「いづちにも、賑はしき所やある」と問へば、「粟津といふ所にも湯湧く。加賀の城市近ければ、人も多く入り来たるなり」。「さらば、そこに宿らん」とて、主に心ゆかせて物与へ、立ち出づ。



 加賀国に入ると、山中という土地は、湯治のために春になるまでひっきりなしに人々が集まってくる。「ここに泊まられ雪見と洒落込んでください」と云う。手引きさせて宿をとった。温泉宿の主は、「この二人は盗っ人だな」と見知っていたが、法師がまるで小僧扱いして呼び使っているのを頼みに、泊めることにした。一切悪さもせず、法師は実に頼もしい。雪は毎日降りしきった。
「今年の雪はずいぶんよく積もるなぁ」と湯治の客らが口々に云い合っている。山寺の坊さんが笙の笛を持ってきて戯れに吹いている。樊噲は興味を示して面白がり、「教えてはくださらぬか」と訊いた。坊さんは喜び、「いい友達が出来たわい」と、喜春楽という曲をまず教えた。生まれつき音感があり節をすぐ覚え、喉も太いので笙の音色は殊の外高らかだ。坊さんは歓喜して、「修行僧は、弁財天が鬼になってこの世に姿を現されたんですな」。すると樊噲がこう云った。「そう云や天女が使役なさっておられた者共の中に、私のような鬼がおりましたな」と高らかに笑う姿はやはりただ者ではない。「思いの外愉快な冬ごもりになりましたよ。ですが、これから寺に一旦戻って春を迎える支度をせねばなりません、それからまた来ます。もう一曲如何ですか」と促すと、「いや、一曲で充分です。何曲も覚えるのは煩わしいですから」と云って習おうとしなかった。「春になったら必ず山に来てください。貴方こそまさしく妙音菩薩です」と云い残して出発する。折しも月夜で、「送って差し上げろ。一曲のお礼代わりに」と小判を一枚包み、礼状を書いて奉った。坊さんは思いがけない財宝を手にして、山に帰って行った。
 温泉にまで笛を持ち込み高く差し上げて吹いている。「雪が降り過ぎだ」と文句を云って、客達は全員去ってしまった。途端に寂しくなり、またぞろ、「何処か賑やかな所はないか」と訊くので、「粟津という土地にも湯が湧いています。加賀のお城のある街ですから、大勢の客で賑わってますよ」。「ならばそこに泊まるとするか」と決め、湯宿の主もほくほく顔になるほどの謝礼を渡して、そちらに向かった。

[春雨物語]『樊噲』本文「その永沈といふは、いかなる苦しみを受くるぞ」と、息子が問ふ。「火打石の火よく出る金にて鍛ひし釜なり。それに幾年も煮られて、『釜こげ、うまし』と、鬼めが食ふ。食へど尽きず。痛きめにあふ地獄なり。ここの息子はよき人なり...
03/09/2026

[春雨物語]

『樊噲』

本文

「その永沈といふは、いかなる苦しみを受くるぞ」と、息子が問ふ。「火打石の火よく出る金にて鍛ひし釜なり。それに幾年も煮られて、『釜こげ、うまし』と、鬼めが食ふ。食へど尽きず。痛きめにあふ地獄なり。ここの息子はよき人なり。その子に殺されし親、兄も鬼にてこそありつらめ」とうち笑ふ。
 あしたの斎の飯うまく食ひて、笈かろげに、出で立ちて行く。「さても恐ろしおそろし」とて、山路を伝ひ、難波に出でたり。人多く立ち走りて、心安からず、京に行く。「ここは物静かなれど、目明しといふ者らが見とがむるなり。また年経て上りて見ん。越の国は、雪に埋もれて春待つとなり。さる所にて今年は暮れん」とて、出で立つ。
 荒乳山の関路越え行く。月明かく、雪いささかなれど、梢に降りかかりておもしろく、こは、行くてに岩に腰かたげたる小男ありて、『巡礼よ、路用の金あるべし。置きて行け」といふ。うしろにも人ありて、笈をしかと捉へ、「この坊主めは、金多く持ちたるぞ」とて、赦さぬ面つきなり。笈ときおろして、「金あまたあり。取らば取れ」とて、岩の左に腰かけ、火切り出だして、烟くゆらす。「さても太き奴也」とひつ、笈の金数へてみれば八十両あり。「分ちて取れ。子供らに花持たせつるよ」とて、あざ笑ひをる。
「憎き奴かな」とて、一人が立ち向へば、立ち蹴にけて、仰向きに倒る。一人がすさかさず手取りたるを、稚子のごとくに抱きすゑ、「おのれら盗みするとて、力量なくては、いかに命長からん。我につきてかせげ。この金ばかりはつねに得させん」といふ。また言ふ。「小男めは『小猿』と呼ばん。おのれは、こよひの夜に釜抜かれた面つきなり。『月夜』と名づくべし。思ふ心ありて、この冬は雪にこもりて遊ばん。よき所に連れ行け」といふ。



「その水沈というのは、どのような責め苦を受けるものなんですか」と息子が問う。「火打ち石と打ち合わせるとよく火がつく鉄で鍛えた釜のことよ。その中で何年もの間ぐつぐつ煮られて、『お焦げがまたたまらんな』と鬼達が喰うのだ。喰っても喰っても尽きることはない。そんな拷問に遭う地獄なのだ。ここの息子は善良な人だ。この息子に殺された親も兄も定めし鬼だったんじゃないかな」とふと笑った。
 翌日の供物の飯をうまいうまいと喰って、背負う笈も軽く、旅立って行った。「それにしても恐ろしい、油断ならんな」と自らを戒め、山路伝いに難波に出た。人がせわしなく走り廻り、どうにも落ち着かない。更に京都を目指す。「ここはいたって静かな土地柄だが、目明かしとかいう輩が見咎めるに違いない。いずれまた何年後かに上京して見物するとしよう。越の国は、今雪に埋もれ春を待っていると聞く。そんな土地で新年を迎えよう」と決めて向かった。
 愛発の関を越えて越の国を目指す。月は煌々と照り、雪はほんのわずしか降っていないが、梢に掛かった景色にも情緒があるなと感心していると、なんと行く手に岩に腰掛けた小男がおり、「巡礼さんよ、路銀を持っるだろう。置いてゆけ」と云うではないから。気付けば背後にも人がおり、笈をがっしり掴まえ、「この坊主は、たんまり金を持ってるぞ」と、ただでは済まさない顔付きである。笈を解き下ろし、「金ならたっぷりある。取りたきゃ取るがいい」と云って、岩の左側に腰掛け、火打ち石で火をつけると煙草をくゆらせる。「なんて肝っ玉の据わった奴なんだ」と呆れつつ、笈の金を数えてみると八十両ある。「仲良く分けろ。お子様らにご褒美をくれてやる」と嘲笑った。
「むかっ腹の立つ奴だな」と一人が立ち向かってゆくと、立ち上がりざまに強烈な蹴りをくらわせられ、仰向けに倒れた。もう一人がすかさず腕を取ったのを、小僧同然に抱き据えて、「お前ら、強盗をするのはいいが、肝心の力量がなくては長生き出来んだろう。俺にくっついて稼げ。この程度の金はいつだって持たせてやるぞ」と云う。「小男の奴は『小猿』と呼ぼう。お前の方は今宵の月夜に釜を抜かれた顔だな。『月夜』と名付けようか。思うところあって、この冬は雪の中に籠もって遊ぶつもりだ。何処ぞいいとこに連れてゆけ」と云う。

[春雨物語]『樊噲』本文 月出でたり。門あかあかと見はるかさる。二人連れだちて、ここに入て、「内にはあらぬか」と一人がいふ。「柴売りに、惣の社へ行きたり。やがては帰らん」といふほどに、足音して、「母よ、腹飢ゑたり。夕飯食はせ」とて、入り立ち...
02/09/2026

[春雨物語]

『樊噲』

本文

 月出でたり。門あかあかと見はるかさる。二人連れだちて、ここに入て、「内にはあらぬか」と一人がいふ。「柴売りに、惣の社へ行きたり。やがては帰らん」といふほどに、足音して、「母よ、腹飢ゑたり。夕飯食はせ」とて、入り立ちたり。「この僧はいづくより」と問ふ。「『爺の日なり。念仏申して給はれ』とて、宿まゐらせたり」とて、鍋の蓋とりて、盛りて与ふは、飯ならず、芋のかしらなり。「僧にもこらまゐれ。米麦、あすは煮て供養供養すべし」といふ。
 二人の男の一人がいふ。「この家に久しく持ち伝へし金といふ物、この人に語りたれば、『我見て、いかばかりの宝と定めてん』とて、伴ひたり。出だして見せよ」といふ。主の男、神まつる棚をさぐりて、金一両取り出でたり。商人見て、「これはあたら宝なり。この国にて銭三貫文のあたひなり。大坂へ持ちて行かば、五貫文に買ふべし。四貫文に我買はん。また、銭欲しからずは、綿あたたかなる布子に換へてん」といふ。うばら頭うちふり、「いな、さい立ちし人の、『姫地に持て行かば、七貫文には買ふぞ』と申されたり。銭も布子も欲しからず」とて、もとの神棚へとり納む。樊噲、憎しと思ひて、「いなや、城下にては、いづこにても十貫文に買ふ。至りてかろくて、よき宝なり。ここにもあり」とて、数十両つかみ出して見する。商人あきれて、「国めぐりするお僧にも、かく財宝多く持たる人はあれ」とて、口あきれて、「いざ」とて、誘ひ出でぬ。うばらいふ。「あしたの御供養に、米買うて来よ」といへば、「う」と答ふままに、立ち出でつ。芋がしらに、茶こふこふと飲みて、夜ふけしに、息子米かついで、帰りたり。氷豆麩、ゆば、椎茸ととのへて来たり。
「社にて、物買ふ問屋が店に、人尋ぬる書付け読みて聞かせたり。『伯耆の国の何とかいふ里の者、親、兄を殺して逃げ去りぬ。背六尺より高く、面広く黒くて、眼つき恐ろし。年は廿二か三になる』といふ。さても世には悪人もあるものよ。いづくに隠れん。やがて捕へられ、逆はりつけとかに行はるるべし。ご僧のかたちよく似たり」といふ。うち笑ひて、「我も西よりめぐり来る所々にて聞きたり。この世にては逆はりつけ、未来は永沈とかいふ地獄の底に落つべし。あないまいまし。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と、高らかに唱ふ。



 月が出ていた。門をはっきりと見晴るかせる。二人連れ立って門をくぐり、「主人はいないのか」と一人が訊いた。「柴を売りに、惣社へ行きました。もうすぐ帰ってくるでしょう」と云っているうちに、足音がして、「母さんよ、腹が減ってたまらん。早く夕飯を喰わせてくれ」と訴えて、門から中に入ってきて立った。「こちらの僧はどちらから来られたのかな」と問う。「『爺の命日です。どうか念仏を唱えてくださいまし』とお願いして、泊まっていただいたのだよ」と答えて、鍋の蓋を取り、椀に盛って渡したのは、飯ではなく、里芋のそれも親芋だった。「お坊様もこれを召し上がってください。米と麦は明日煮て供養しましょう」と云う。
 二人の男のうち一人が云った。「この家に代々伝わる金という物について、この人に話したところ、『私がこの目で見て、どれ程のお宝か鑑定いたそう』と云うものだから、伴ってきたのです。取り出してきて見せてみなさい」と勧めた。主の男が、神棚をまさぐって金一両を取り出した。商人はそれを見て、「これは正真正銘のお宝ですよ。この国なら銭三貫文の値打ちがある。大坂へ持ってゆけば、五貫文で買ってもらえるでしょう。四貫文で私が買い取りましょう。もし銭が要らないと云うのでしたら、ふかふかの綿が詰まった温かい綿入れと交換してもいいですよ」と提案する。老婆はかぶりを振り、「いいえ、亡き夫が、『姫路に持ってゆけば、七貫文にはゆうになる』とそう申しました。銭も綿入れも欲しくはありません」と拒んで元の神棚に仕舞い込んだ。樊噲は無性に腹が立ち、「いやいや、城下なら、どこででも十貫文で買いますよ。いたって軽い、いいお宝ですよ。ここにもあります」と、数十両を掴み出して見せた。商人は唖然として、「諸国を巡られるお坊様にも、こんなに財宝をお待ちの方がいるんですねぇ」とあんぐりし、「それじゃ」と告げ二人誘い合って去って行った。
 老婆が、「明日の御供養のために、米を買ってきておくれ」と云うので、「うん」と答えながら立ち上がり出発した。里芋を頬張りながら茶をがぶがぶ飲み、夜もすっかり更けた頃になって息子は米を担いで帰って来た。氷豆腐、湯葉、椎茸も用意して来ている。
「惣社では、仕入れしている問屋の男が店にいて、指名手配の書付けを読んで聞かせてくれたよ。『伯耆国のなんたらいう村の者、親と兄を殺して逃げ去った。背丈は六尺以上あり、面はでかくて黒く、恐ろしい目つきをしている。年は二十二か三になる』と云っていた。それにしてもこの世にはとんでもない悪人がいるんだなぁ。何処に隠れているんだろう。どうあれいずれ捕まり、逆さ磔の刑に処されるだろうよ。お坊様の顔貌によく似てますよね」と云う。にやりと笑って、「私も西から巡礼して来る先々で聞きました。この世では逆さ磔、あの世では永沈とかいう地獄の底に落ちるでしょうね。ああ口にするのも忌々しい。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」」と声高らかに唱える。

[春雨物語]『樊噲』本文 大男見て笑ふ。「まだ都に出でねば知るまじ。大津の逢坂山に、早くより、汝がかたち写して商ふぞ」といふ。「名は何」と問へば、「長崎にてあぶれたりし時、唐人が、『樊噲よ』と言ひたり。これを名とすべし。さて、頭の名いかに」...
31/08/2026

[春雨物語]

『樊噲』

本文

 大男見て笑ふ。「まだ都に出でねば知るまじ。大津の逢坂山に、早くより、汝がかたち写して商ふぞ」といふ。「名は何」と問へば、「長崎にてあぶれたりし時、唐人が、『樊噲よ』と言ひたり。これを名とすべし。さて、頭の名いかに」と問ふ。「昔は、相撲とりて『村雲』といひたり。人をあやまちて、命のがれ、ここかしこ力を頼みて稼ぎあるく」とぞ。さて、ここにもあるべからねばとて、また海辺に出でたれば、さきの苫舟礒陰にあり。乗り移りて、播磨の飾磨津へとて漕がす。
 風に煩はされ、七日ばかりありて着きたり。村雲が伯母ここにありとて、岸に上りて問ひ寄る。伯母が、門入するを、待ち久しげに、「甥の殿よ。米、銭欲しさに、待つこと三十日ばかりぞ」といふ。心ゆくばかり出してくれたれば、「酒、肴もとめん」とて、足かろげに出でて行く。
 ここにも五日ばかりありて、樊噲いふ。「さだめて行く先々も心安からじ。かたち変へたれば、ひとり修行者となりて、逃げ隠れん」とて、笈をもとめ、錫杖つき鳴らし、檜木笠深くかづく。村雲いふ。「おのれが背高きは、おのれが不幸なり。海道行くな。目明しらが見とがむべし。野山に迷ひ入りて、先づ東国にこころざせ。国広く、人の心たけくて、悪者多し。中に入りてあぶれあるけ」と教ふ。「承りぬ」とて、笈かろげに、足早に出でたり。「やよ、待て。『因幡鼠に伯耆猫』、国ことば聞きとがめられな」といふ。「親、兄の恵み、しかまであらば、殺さじ。まことの親也」といふ。「おのれを子に持ちたらば、いかにからきめ見せん。恐ろし、おそろし」と、笑ひて別る。
 播磨は、故さとに行きかふ道ときけば、心安からず。ただ山によりてぞ歩むあゆむ。一日行き暮れたり。孤屋のあるに門立ちして、「法師なり。ひと夜宿らせよ」と乞ふ。うばら一人、夕餉の煙たきほこらせたり。「国めぐりするご僧よ、あすはさい立ちし人の忌日なり。頼うでもお宿まゐらせん。内入らせよ」とぞ。心ゆりて笈おろし牀に這ひ上れば、ひしひしと鳴る。「あな恐ろし。簀子踏み抜き給ふな」とて、囲炉裏に寄らす。



 大男は樊噲の姿を見てげらげら笑った。「お前は未だ都に出たことがないから知らんだらうが。大津の逢坂山では、もうとっくにお前の姿絵を描いて売ってるぞ」と云う。「で、名前は何という」と訊くと、「長崎で暴れていた時に、唐人が『樊噲よ』と呼んだものです。これを名前にしたらどうでしょう。時に頭のお名前は」と問い掛けた。「その昔は相撲を取っておって、『村雲』という四股名だった。人を殺めたものの、命だけは辛うじて助かり、あっちこっちで腕っぷしだけを頼りに稼ぎ歩いているというわけだ」とのことだった。そんなわけで、この地にも長居出来ない事情があり、再び海辺に出たところ、乗ってきた苫舟がすでに磯陰に停泊していた。早速に乗り移り、播磨の飾磨津へ行けと、舟を漕がせるのだった。
 風に翻弄され、七日ほどかかって播磨に着いた。村雲の伯母がここに住んでいるとのことで、岸に上がり訪ねることにする。伯母が門から中に入るのを見て、待ってましたとばかりに、「甥の殿が来ましたぞ。米と銭欲しさに、待つこと三十日になんなんとしております」と云う。充分満足出来るくらいにどちらも出してくれたので、「酒と肴を買ってくるぞ」と意気揚々と出て行った。
 ここにも五日ばかり滞在した後、樊噲がこう云った。「定めしこれからも行く先々で予断を許さないでしょう。見た目をすっかり変えたので、今後は独りの修行僧となって逃げ隠れしますよ」と告げ、笈を手に入れ、錫杖を突き鳴らし、檜笠を深々と被った。村雲は云う、「お前の背丈が頭抜けて高いのはお前の不幸だな。海の街道は行くな。目明かしに見咎められること必至だ。野山の道なき道を踏み分けて進み、まずは東国を目指せ。東国は国も広い上に、人の心は猛猛しく、悪人が大勢いる。そいつらの仲間に潜り込んで悪行三昧しろ」と教えた。「承知しました」と笈を軽々と担いで足早に出てゆく。「ちょっと待て。『因幡鼠に伯耆猫』という、くれぐれもお国訛りで正体がばれることのないようにな」と付け足した。「親や兄の優しさがこれくらいあったら、殺しはしなかったのに。あんたこそ本物の親だよ」と云う。「お前なんぞを子に持ったら、どんな痛い目にあわされるか分かったもんじゃない。くわばらくわばら。」と笑って別れた。
 播磨は、故郷に通じている道と聞いたので、心中穏やかではいられない。ひたすら山伝いに歩きに歩く。やがて一日が歩き通して暮れた。ぽつんと建つ一軒家を見つけて門の前に立ち、「旅の僧です。一夜の宿をお貸しくだされ」と乞うた。老婆が一人、夕飯の支度をしており煙が勢いよく立ち昇っている。「諸国を巡っておられるお坊様、ちょうど明日は亡き夫の命日にあたります。お願いされるまでもなくお頼みしても泊まっていただきますよ。どうぞ中に入られてください」とのことであった。気持ちが解けて、笈を下ろして床に這い上がったところ、がたぴしと鳴った。「まぁ恐ろしい。簀子を踏み抜かないでくださいまし」と云って、囲炉裏の近くに案内する。

[春雨物語]『樊噲』本文「さて、しすましたり。こち来よ」とて、金箱持たせて山を走り下り、海辺に出でたれば、苫舟待ち遠に、「いかに」と問ふ。「よし」とて、飛び乗り船出ださす。 大男いふ。「おのれは、まことに力量ありて、肝太し。あぶれあるくとも...
26/08/2026

[春雨物語]

『樊噲』

本文

「さて、しすましたり。こち来よ」とて、金箱持たせて山を走り下り、海辺に出でたれば、苫舟待ち遠に、「いかに」と問ふ。「よし」とて、飛び乗り船出ださす。
 大男いふ。「おのれは、まことに力量ありて、肝太し。あぶれあるくとも、財宝何ばかりか得ん。盗みせよ。我に従へ」といふ。うち哂ひて、「盗みとて、さきのごときの事、何ばかりにもあらず。御手につきて、いづこへも行かん」とぞ。舟は、風よくて、荒波をやすく越え、「伊予の国」といふ。「ここに温泉あり。足休めん」とて、金を分かちくるる。舟子三人には三百両、樊噲にも百両与ふ。舟漕ぐぬす人らいふ。「ここより別れて、安芸の宮島に渡りて遊ばん。御迎ひはいつごろ」といふ。「この月の末まであらん。よく遊びて来たれ」とて、樊噲と二人陸に上る。
 湯ある処はにぎはしくて、人あまた宿りたり。ここに飲み食らひしてをるに、樊噲がいふ。「我は親兄を殺して、尋ねらるる者なり。かたち変へてん」とて、ここより見やる山寺に行きて、老僧に向ひていふ。「母と二人巡礼しに渡りしを、をとつひの夜、尿すとて、母は海に落ちたり。もとめわづらひて、み寺に参る。かしら剃りてたまへ。故さとに帰りても、兄にことばなし」とて、泣き顔つくりていふ。僧、「いとほしき物がたりなり。落髪許してん」とて、やがて剃刀授けたり。「名を施すべし」とて、「道念と呼べ」といふ。「いかにも名づけ給へ。袈裟、衣授けたうべよ。」とて、金二両包みて出だす。山僧の、金見ること珍しくて、「古くとも破れまやはねば、これを」とて、ひとへにとりそろへて与ふ。肩に掛けたれば、猿に物着せたるさまなり。「いとありがたし。また、縁あらば参らん」とて、湯の宿に帰る。



「さて一丁あがりだ。こっちへ来い」と云って、金箱を持たせて山を走り下り、海辺に出たところ、苫舟が今や遅しと待ち構えており、「ご首尾は」と問うた。「完璧だ」と答え、舟に飛び乗り出航させた。
 大男は、「お前は心底才能があるし、肝も据わっておる。あちこち荒らして廻ったところでどれほど稼げるわけでもあるまい。盗みをしろ、儂に従え」と促す。大蔵はにやりと笑い、「盗むと云ったって、さっき程度のことなら朝飯前ですよ。貴方の手先となり、何処へなりと行きましょう」と誓った。折しも舟は絶好の追い風を受け、荒波をやすやすと越え、そこは「伊予国だ」と云う。「ここには温泉がある。足を休めよう」と金を分配してくれる。舟子三人にはそれぞれ三百両、樊噲にも百両を与えた。舟の漕ぎ手は礼を述べ、「ここで一旦お別れし、我々は安芸の宮島に渡って遊ぼうかと思います。お迎えは何時頃来ればよろしいでしょうか」と云った。「今月末までここにいようかと思っておる。存分に羽根を伸ばしてこい」と云い残し、樊噲と二人で陸にあがった。
 温泉の湧き出る辺りは賑やかで、大勢の宿泊客がいた。そこで呑み喰いしている時に、樊噲がこう云った。「俺は親も兄も殺してお尋ね者の身です。見た目を変えようかと思います」と、遥かに見える山寺に行き、老僧向かいこう切り出した。「母と二人で巡礼せんと四国に渡ってきましたが、一昨日の夜、小便をしようとして母が海に落ちてしまいました。探しに探しても見つからず、こちらのお寺にやって参った次第です。どうか頭を剃ってください。故郷に帰っても兄に言い訳のしようがありません」と、泣き真似をして頼んだ。僧は、「なんとも胸の痛むお話じゃ。落髪を許しましょう」と請負って、すぐさま得度を授けた。「僧名を施そう」とのことで、「道念と名乗りなさい」と云う。「なんなりとお名付けください。袈裟と僧衣も下されよ」と、金二両を包んで手渡す。山僧ゆえ金を目にすることがほとんどなく、「着古してはいるが破れたりはしておらんので、これを」と、一式取り揃えて与えた。肩に掛けてやると、あたかも猿に着物を着せたかのようである。「まことにありがとうございます。またご縁があればお邪魔いたします」と云い残して温泉宿へと帰って行った。

[春雨物語]『樊噲』本文 ここを遁れて、筑紫の間、ここかしこに這ひ隠るる中に、疫やみして、山浅き所ながら、岩陰に臥し倒れたり。三日四日過ぐるに、熱きここちややさめたるやうに思ひて、また、物欲しくなり、夜は這ひ出でて、「物食はせよ」とをらぶ声...
25/08/2026

[春雨物語]

『樊噲』

本文

 ここを遁れて、筑紫の間、ここかしこに這ひ隠るる中に、疫やみして、山浅き所ながら、岩陰に臥し倒れたり。三日四日過ぐるに、熱きここちややさめたるやうに思ひて、また、物欲しくなり、夜は這ひ出でて、「物食はせよ」とをらぶ声、恐ろし。旅行く人の中に、大男のひとりかろがろしく出でたちて、ここを過ぎ、見とどめて、「鬼の泣くのを見しよ」とて、梱につめし飯とう出て与ふ。「うう」とのみいひて食らふ。
 この大男、「おのれは何者ぞ。ぬす人にはあらじ。いかでここに病み臥したる」。「我は世のあぶれ物にて、酒飲み、博奕うち、住み家定めずしあるく者なり。ここに病につながれて、やうやう人ごこちしたれど、七日ばかり物食はねば足立たず。いづちへもあぶれ行かれぬなり。今たまへる飯食ひたれば、足は立つぞ」とて、力足踏む。「あたら男なり。物食はせん。里に来よ」とて、麓の水駅に走り下り、飯、酒欲しきまま与へつれば、たちまちに面かはり、「御徳見つ。何事も仕うまつらん」といふ。「よし、こよひ待たで、この道来る者あり。馬に金負ふせたり。これ奪はんとて、ここの足場よしとて、来たるなり。人馬いづれにても、おのれ向へ。金分ちて与へん」といふ。鬼喜びて、「二三人に馬、車ありとも、我立ち向はん」とて、躍り上りて、また酒飲む。
 やうやう夕暮れに近づく。もとの坂道に登り、もとの岩陰待ち伏したり。馬の鈴からからと鳴り、口とる男何やらん歌ひつつ来る馬のしりに、足軽二人つき添ひたり。樊噲、先に躍り出で、しもと一本抜きて、声をかけ馬の足を打つ。馬は斃るゝを、足軽二人、「ぬす人め」とて、刀抜きて向ふを、このしもとにて二人を打ち倒す。馬方逃げんとするを、大男飛び出でて、こらは谷に投げ落とす。樊噲、足軽二人を両手に引き提げ、岩に頭打ち当て、うち殺したり。馬の負ひたる金箱二つ解きおろして、馬も谷へ投げ落としたり。



 そこから遁走して、筑紫周辺のこそかしこを這うように身を隠しているうちに、疫病に罹り、山の裾野ではあったが岩陰に倒れ臥してしまった。ひたすら空腹が募り、夜になると這い出て来て「何が喰わせろ」と喚き散らす声はなんとも恐ろしい。旅する人の中に、一人の大男が軽い足取りで姿を現し、この場を通り過ぎようとしてふと大蔵に目を留め、「鬼が泣くのを見たよ」と弁当箱に詰めてあった飯を出して食べさせた。大蔵は「うう」と唸っただけで平らげた。
 その大男が、「お前は一体何者だ。盗人ではあるまい。なんでまたこんな所に病んで臥してるのだ」と問うた。「俺はこの世のはみだし者で、酒をあおり、博奕を打ち、あっちふらふらこっちふらふらと住処も定めずほっつき歩いている者だ。ここで病にしてやられ、段々と人らしくはなってきたものの、七日ほど何も腹に入れてないので足も立たない。このざまでは何処に殴り込みをかけることも出来ん。それでもさっき貰った飯を食ったので、ほれ足は立つようになったぞ」と四股を踏んでみせた。
「このままにしておくには勿体ない男だ。まともな飯を喰わせてやろう。村に来い」と云って、麓の茶店に走り下りて、飯も酒も喰いたいだけ呑みたいだけ与えたところ、忽ち顔つきが変わり、「ご厚情にあずかりました。なんなりと云いつけに従いましょう」と云う。「よしわかった、今晩夜中にならぬうちに、この道を通る者がおる。馬に金を背負わせた男だ。それを奪い取ろうと考え、ここが足場にうってつけだとやって来たのだ。人でも馬でも構わんから、襲いかかれ。金を分け与えてやろう」と打ち明けた。鬼は喜び、「二人や三人、馬や車があろうと、俺が片付けますよ」と請負ってぴょんぴょんと跳ねながらまたしても酒をあおる。
 次第に夕暮れ時が近付いてきた。下ってきた坂道を上り、元いた岩陰で待ち伏せる。馬の鈴がからからと鳴り、口を取る男が何やら歌いながらこちらにやって来る。馬の後方には、足軽が二人付き従っていた。樊噲がまず先に躍り出て、手近な若木を一本引き抜いて杖にし、掛け声と共に馬の尻をしたたかに打つ。馬がどうと倒れ、足軽二人が、「盗っ人め」と叫んで刀を抜いて向かってくるのを、その若木の杖で二人とも打ち倒した。馬方が逃げようとするのを、大男が飛び出してきて、谷に投げ落とした。樊噲は、足軽二人を両手にぶら下げ、岩に頭をぶち当てて殺してしまった。そうして馬の背負っていた千両箱二つを解きおろし、馬もついで谷底へと投げ落としたのであった。

[春雨物語]『樊噲』本文 長崎の津に行きて、やもめわびしげにてあり。金与へここに足とどむ。やもめ、始めこそ鬼おにしさに恐れて、丸山の廓のうちに物縫ひにやとはるる方に、逃げ隠る。大赦聞き知りて、夜中過ぐるころ、かの家に行きて、「しかじかの者は...
24/08/2026

[春雨物語]

『樊噲』

本文

 長崎の津に行きて、やもめわびしげにてあり。金与へここに足とどむ。やもめ、始めこそ鬼おにしさに恐れて、丸山の廓のうちに物縫ひにやとはるる方に、逃げ隠る。大赦聞き知りて、夜中過ぐるころ、かの家に行きて、「しかじかの者はわが女なり。主みそか事やする。とく出せ」とて、床へあぶれ入る。
 局ごとに客ありて、遊女らと酒くみてをるに、唐人の局してある所に躍り入り、隔ての障子も戸もかい破りて、立ちはだかる。唐人恐れて、「樊噲へ。命たまへ」といふ。「いとよき名つけたり。許すべし。酒くまん」とて、座に着く。主恐れて、「唐人のお客は大事のお客なり。ゆめゆめ何事知らせたまへず。酒飲みて遊ばせよ。もとめ給ふ物縫ひは、きのふ尼になるとて、ここは出でたり」といふ。「探しもとめんも、酒飲みて後にすべし」とて、大きなるあはびの盃に、二つ三つ続けて、呑みにのむ。唐人、「さかな奉らん」とて、衣を脱ぎて捧ぐ。「おのれが着よごしたらめど、錦の衣いまだ着ず」とて、肩に掛けて立ち躍る。「まことに樊噲にておはす」と、伏していふ。「よき名つきしあたひに」とて、かしら三つ四つ強く打ちて、また盃取り上ぐる。唐人、「かくからきめを、こよひ蒙ることよ」とて、涙さめざめと泣く。「おのれも男なるべし。打たれて涙落すか」とて、また立ち蹴に蹴散らして、夜明くるまで狂ひをる。
 夜明けて、人あり。「かくかくの者の、こゝに宿るか」とて、おほやけの人々、めし捕へんとて、棒持ちなどして取り巻きたり。樊噲大に怒り、先に立つ男の棒奪ひて散々に打ち散らす。誰相むかふばかりの力量なければ、つひにとり逃したり。



 長崎の港に辿り着くと、さる女やもめが独り侘しく暮らしている所に転がり込み、金を与えて居座った。女やもめは当初は我慢していたが、そのうち大蔵の荒くれぶりに恐れをなし、逃げ出して丸山の女郎屋に縫い子として雇われ身を隠した。大赦は人伝に聞いて、夜中も過ぎた頃に女郎屋に駆けつけ、「こういう曰く付きの女がいるだろう、そいつは俺の女房だ。お前は匿うつもりか。とっとと出せ」と凄んで、寝室に乱入した。部屋ごとに客がおり、遊女達と酒を酌み交わしていた中、唐人が客として遊んでいた部屋に殴り込みをかけ、隔ての障子も戸も引き裂いて立ちはだかった。唐人は震え上がり、「樊噲様、どうか命だけは」と懇願した。「すこぶる気の利いた名前をつけてくれたじゃないか。許してやろう。酒を酌んでやる」と途端に上機嫌になりどっかと腰を下ろした。館主は竦み上がり、「唐人のお客様は上客中の上客でございます。仔細につきましては何ひとつご存じありません。どうか酒をお飲みになり遊んでいってくださいませ。お探しになられておられる縫い子の女は、昨日尼になると申してここを出て行ってしまいました」と云った。「探し出すのも酒を込み終わった後にしようぞ」と、巨大な鮑の盃に注がれた酒を二つ三つ立て続けに呑みに飲んだ。唐人は、「ひとつお近づきの印を差し上げましょう」と来ていた衣装を縫いで献上した。「お前の臭いが染み付いた着古しだろうが、錦の衣装という物を未だかつて着たことがないからな」と云って、肩に引っ掛けて立ち上がり浮かれている。「まさしく樊噲以外の何者でもありません」と平服して云う。「ぴったりの名前をつけてくれた礼をせんといかんな」と唐人の頭を三四回ばしばしと叩き、またしても盃を取り上げた。「とでもない災難を今宵は蒙るのでございますね」とさめざめと泣く。「お前も男の端くれだろう。頭をぶたれたくらいで涙を零すのか」と怒り、再び立ち蹴りをぶちかまして、夜明るまで狂乱は続くのであった。
 やがて夜が明けると、誰かがやって来た。「かこれこれこういう奴はここに泊まっておるか」と訊ね、公儀の下っ端役人が召し捕らえようとして、手に手に棒などを持ち取り囲んだ。樊噲は激怒し、先頭に立っている男の棒を奪い取り散々にぶちのめす。一人として刃向かう力量がなく、ついには取り逃がしてしまった。

[春雨物語]『樊噲』本文 二人になりしかば、力足強く踏みて、兄をば谷川の深きに蹴落したり。友だちはきととらへて、「おのれが親兄か。わが親兄なり。いらぬ骨費やすな」とて、こらも谷へ投げ落とす。父、また追ひつきて、「おのれ、赦さじ」とて、鎌もて...
23/08/2026

[春雨物語]

『樊噲』

本文

 二人になりしかば、力足強く踏みて、兄をば谷川の深きに蹴落したり。友だちはきととらへて、「おのれが親兄か。わが親兄なり。いらぬ骨費やすな」とて、こらも谷へ投げ落とす。父、また追ひつきて、「おのれ、赦さじ」とて、鎌もて肩に打ち立てたり。いさゝかの疵にても、血あふれ出でぬ。「子を殺す親もありよ」とて、父に打ち返す。咽に立ちて「あ」と叫びて倒るるを、「兄とともに水に入り給へ」とて、片手業して父をも谷の深きに落しつ。淵ある所に三人とも沈みて、空しくなりぬ。さて、恐しく思ひなりて、銭を懐にして、韋駄天走りして、行き方知らず逃げたり。
 ひと里、隣の里続きと、大いに騒ぎて追ひ捕へんとすれど、力強く足早く、ことにたゞ今鬼になりて駆けるには、誰かは恐れん。里正訴へ出でしかば、国の守このころ下り給ひて、都の事を思ひ離れず、「絵に写して、国々に触れ流さん」とぞ。里正申す。「山里には絵描く人なん無き。ただかたちを書きて、言ひ知らせ給へ」と申す。「背六尺に過ぎ、面つき赤く黒くて、年は廿一にてなんある。伯耆の国清水の里にて、親の名九兵衛といひ、大蔵といふ男なり。親、兄を殺し、また一人の友をも殺したる大罪人なり 。召し捕へて、国に知らせたうべよ」と、触れ聞ゆ。
 大蔵は、筑紫の博多の津のあぶれ者が中に立ち交じり、博奕勝ちほこり、酒食らひて、遊女を枕におきて、いびき吹螺のごとし。ここにもこの人がたの触れ聞えくるに、あぶれ者ら、これなりと思へど、力量の者なれば立ち向ひてあやまたれんとて、「しかじかの触れ来たる。汝が事なるべし。早く立ち去れ」といふに、おどろき馬して、博奕の金百両を裸につかみ入て、酒飲みて逃げ走りたり。



 刃向かってくる者が二人になったので、大蔵は力一杯足を踏ん張り、まず兄を谷川の底深く蹴落とした。その後友達の方をむんずと掴み、「お前なんか親でも兄でもないじゃないか。あれは親だぞ兄だぞ。余計な手出しをするんじゃない」と凄んでこちらも谷へと投げ落とした。父親が再び追いついてきて、「おのれ、許さん」と怒り狂い、鎌を肩に打ち立てた。ほんの僅かな傷であったが、血が溢れ出てしまった。「子を殺す親がおるとはなぁ」と父親に鎌を打ち返す。鎌が喉に突き刺さり、父親が「あ」と叫んで倒れたのを、「兄と一緒に水に入られよ」と、片手だけで父親までも谷底に落とした。淵のある所に三人が諸共に沈んで、息絶えてしまった。その時点で突如恐怖に駆られ、銭を懐にしまい込むと、韋駄天走りで何処へともなく逃げさってしまったのだった。
 大蔵一家の住む村はもちろんのこと、隣の村まで巻き込んでの大騒ぎとなり、なんとかして追いかけ捕らえようとするのだが、それでなくとも怪力の上に俊足で、殊に今や鬼神の如く成り果てて疾走している大蔵には、誰一人恐れる相手はいない。村名主に訴え出たとこら、折しも国守が赴任して来られたばかりだったため、都の慣例に従い、「似顔絵を描いて、国々に知らしめん」との処置と相成った。村名主は、「こんな山里には似顔絵の描ける者はおりません。風貌背格好を書いて、言葉で知らせてください」と進言した。「背丈はゆうに六尺を越え、顔面は赤黒く、年は二十一になったばかり。伯耆国の清水の里の生まれで、父親の名を九兵衛といい、大蔵という男である。父親、兄を殺害し、さらにもう一人友人までも殺した大罪人でたる。召し捕らえ、国守にお知らせください」と触れて廻った。
 大蔵は、筑紫は博多の津の極道達の中に紛れ込み、博奕で勝ちまくっては浴びるように酒を呑み遊女を枕にして眠りこけて、その鼾は法螺貝さながらである。この地にまで例のお触れが聞こえてくるようになり、ならず者達も、間違いなくこの男だと確信しながら、なにせ怪力無双の者ゆえ、立ち向かえばたちどころに打ちのめされるのは必至だろうと、「斯々然々の触れが聞こえてきたぞ。お前さんの事だろう。早くここを立ち去った方がいい」と伝えたところ、跳ね馬の如き勢いで、博奕の勝ち分百両を剥き出しのまま引っ掴んで懐に突っ込み、酒をあおりながら脱兎の如く走り逃げてしまった。

[春雨物語]『樊噲』本文 春ふけぬ。例の博奕宿にうちしこりて、負ひま多くて、友どちら、「これは『大赦』にせぬ」とて、いひつのるほどに、さすがの鬼おにしき心にもまけられて、日を隔ててえ行かず。父は昼寝、兄は里長に申す事ありとて行きしあとに、母...
21/08/2026

[春雨物語]

『樊噲』

本文

 春ふけぬ。例の博奕宿にうちしこりて、負ひま多くて、友どちら、「これは『大赦』にせぬ」とて、いひつのるほどに、さすがの鬼おにしき心にもまけられて、日を隔ててえ行かず。父は昼寝、兄は里長に申す事ありとて行きしあとに、母を小手招きして、「去年の後に心を改めし事は、全く権現の御恵みなり。お山に登りてゐやまひ申し奉らん。施物の銭たまへ。知りたるみ寺に奉りて、『この行く末をも守らせ給へ』と祈り申しあつらへてん」といふ。母「よき事なり。『倉には入らすな』と、兄がいましめたれど、これは見許してん。来よ」とて、稲倉に連れ立ち行く。「その櫃の中に、乱れたる銭あり。汝が手ひとつかみには、事足るべし」と許す。櫃を開き見れば、三十貫文、よくからめて積み置きしあり。欲しくなりて、母にまたいふ。「まことは、博奕に負け、負ひめ重なりて、この里にはあられぬにぞ。いづちへもたち隠るるなり。この銭しばしたまへ。わが山かせぎして積みたるなり。また山に入り谷に下りて、日ごとに立ち走りたらば、この銭やがて入れ納むべし」とて、つかみ出だす。
 母、「おのれ、博奕うちやまで、親をいつはるよ。やらじ」とて、ささへたるを、片手にとらへて、櫃に投げ込み、蓋固くして、銭肩に掛けてゆらめき出づ。兄嫁見とがめて、「それをいづこへ持て出づる。やらじ」と、これもささふるを、また片手にかろがろと、柴積みし中へ投げやりたり。父目覚め、「おのれ、ぬす人め。」とて、枴とりてちやうと打たるるを、片手にて取り放ち、つと門に出づ。父、「やらじ、やらじ」とて、背に追ひつきてぶらさがりたれど、事ともせず、父をうしろさまに蹴て行くに、倒れてえ起きぬを、兄遠くより見て、枴、鎌とり具して、「親を打ちし大罪人め、許さぬ」とて、追ひつきたり。鎌は地に落して枴にて打つ。打たれてあざ笑ひ、返り見もせず走り行く。谷の懸橋ある所にて、友どち一人行き会ひ、「こはいかに。兄も親も何者とかして、かくする」と、立ち向ふ間に兄追ひつきたり。



 春も終わろうとしていた。大蔵はその頃博奕宿に入り浸り、負けがこんで、友達らは「これはさすがに『大赦』というわけなはゆかぬ」と、取り立てようとしているうちに、さしもの荒くれ者の大蔵も強く抗えず、それ以降何日かは行くに行けない有り様だった。父親が昼寝しており、兄は里長に報告があるとのことで出掛けて行った後に、母を軽く手招きして、「去年の騒動の後に改心したのは、まったくもって権現様のお恵みでした。お山に登り改めてお礼申し上げたく存じます。お布施の銭をいただけますか。顔見知りのお寺に奉って、『これからの将来もお守りください』と祈願をお願いしてまいりましょう」と云う。母親は、「素晴らしい事じゃありませんか。『倉には入れるなよは』と兄からきつく戒められていますけれど、今回は見て見ぬふりをしましょう。おいでなさい」と稲倉に連れ立って向かった。「その櫃の中にばら銭があります。お前の手なら一つかみで充分でしょう」と許可した。櫃を開けて見ると、三十貫文がきちんと巻かれて積まれている。俄然有り金全部が欲しくなり、再びこう云った。「実際は博奕に負け、負債が積もりに積もってもうこの里にはいられなくなったので、何処ぞかに身を隠すつもりなのです。この銭を暫くの間お借りしたい。そもそも私が山で稼いで積み上げた銭です。また山に入り谷に下って、毎日精出して働けば、すぐにでもこの銭を元に戻せるでしょう」と云うや、そっくり掴み出した。
 母親が、「お前という奴は、博奕も止めず、親を騙すんだね。行かせるものか」と罵って行く手を遮ろうとするのを片手で捕らえ、櫃の中に投げ込み厳重に蓋をすると、巻いた銭を肩に掛けのっそり倉を出た。兄嫁がそれを見咎め、「それを何処に持ってゆこうというのです。行かせませんよ」とまたしても行く手を塞ぐと、こちらも片手で軽々と掴み、柴を積んだ中に放り投げた。その物音で父親が目覚め、「おのれ盗っ人め」と天秤棒を引っ掴み一発お見舞いすると、これまた片手で軽くあしらってそのまま門を出た。父親は「行かせんぞ、行かせんぞ」と背中に追い縋ってぶら下がるものの、ものともせずに後ろ足で蹴って出て行こうとしていると、倒れたまま起き上がれない父親の姿を遠くから目にした兄が、天秤棒と鎌を二つながらに手にして、「親を手に掛ける大罪人め、許さん」と叫びながら追いついてきた。鎌は地面に捨てて天秤棒で強打する。大蔵は打たれながら嘲笑い、振り返りもせずに走ってゆく。谷の桟の掛かった所で一人の友達と遭遇し、「一体全体どういうことだ。兄や親をなんだと思ってこんなことをするんだ」と立ちはだかっている間に、兄が追いついてきた。

住所

神奈川県中郡大磯町生沢592/5
Oiso-Machi Naka-gun, Kanagawa
259-0102

営業時間

火曜日 10:00 - 16:00
水曜日 10:00 - 16:00
木曜日 10:00 - 16:00

電話番号

+81463650436

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